親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
リモートワークをしていると、どうしても運動不足になりがち。とはいえ、常に家の中で仕事をする在宅ワーカーにとって、身体を動かす習慣を身につけるのは難しいものですよね。しかし運動習慣がないと、身体だけでなく心にも悪い影響が及ぼされてしまいます。
毎日の習慣として、気軽に取り入れられる散歩だけでも続けたいもの。そこで今回は、散歩によって得られるメリットや心身を整えるためのコツ、正しい歩き方について、帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科教授、佐藤真治さんに伺いました。
運動が心身に与える影響とは?
在宅ワークをはじめてから、憂鬱な気持ちになりやすくなった……そんな経験はないでしょうか。それには、幸せホルモンとも呼ばれるセロトニンが関係しています。運動をすれば脳内でセロトニンが生まれやすくなります。つまり歩くだけでも、脳内のホルモンバランスが整ってくるんですね。逆に在宅ワークなどで身体を動かさない状況を続けると、このセロトニンが分泌されにくくなってしまいます。
また、人間の血管の内側には、血管内皮細胞という特殊な細胞があります。この血管内皮細胞が血流でこすられると、一酸化窒素を出します。一酸化窒素は、血管そのものを拡張したり、酸化ストレスを抑え込んだりする働きがあるのです。
在宅ワークで長時間座ってばかりいると、血流の流れが悪くなります。ところが立って歩き始めた途端、血流の変化によって一酸化窒素がたくさん出て、身体全体をめぐることで活性酸素(※)をやっつけてくれます。適度に歩くことで、疲労をやわらげることができるのです。
エビデンスとしてはまだ十分ではありませんが、うつ病の予防にも、15分くらいの軽い運動が効果をもたらしそうだとされています。在宅ワーカーの皆さんには、心の健康を保つためにも、軽い運動をとりいれていただきたいですね。
※活性酸素…酸素が細胞内で代謝をおこすときに発生する。免疫の役割を果たすが、発生しすぎると疲労や老化の原因にもなるもの
目的のない散歩がウェルビーイングを高める
最近注目されている「ウェルビーイング(well-being)」。「主観的な幸福感」「幸福の多義的概念」などと訳されますが、僕は「ささやかだけど持続的で、BGMのように暮らしを下支えしているような幸福感」と理解しています。1人で部屋にこもり在宅ワークをしていると、ウェルビーイングを感じにくくなってしまいます。そこでおすすめなのが、散歩です。
人間の体の構造を考えてみましょう。人間は2足歩行を始めましたが、大脳が大きくなったことで、重い頭を2本の足で支えるという非常に不安定な構造になっています。その不安定さゆえに、座っている状態から歩き出すと、直ちに五感が拡張します。外からの環境変化を感じやすくなるのです。この五感の拡張こそ、ウェルビーイングに繋がります。
在宅ワーカーのみなさんは、出先への移動や日用品の買い物など、目的ありきの外出が多くなりがちです。しかし、散歩する際は、目的もなくぶらぶら歩いてほしいと思います。多くの人は、移動する際に「このあとの仕事、どうしよう」「家に帰ったら○○をやらなきゃ」など、いろんなことを考えてしまいがち。つまり、せっかく五感が拡張しているのに、自分を内的な世界に閉じ込めてしまっている。もったいないですよね。
歩きながら五感を開いて「今日は雲がきれいだな」「雨上がりのにおいがするな」など周囲にフォーカスすると、ありありとした自分を感じやすくなるはずです。ウェルビーイングを高めるためにも、目的を持たず五感を開いて散歩してみましょう。

散歩で意識したい「歩幅」と「歩隔」
散歩する際は、正しい歩き方も大事です。歩き方には「歩幅」「歩隔」という二つのポイントがあります。
◆歩幅
正しい歩き方のポイントの1つは、自分に合った歩幅で歩くことです。多くの人は、歩幅が狭いため、頭が前に突っ込んでいます。逆に「大股で歩かなきゃ」と思うと、頭が後ろに反り返った状態になります。いずれも、骨盤の上に頭が乗っていないんですね。頭の上に物をのせているような意識で歩くと、自然と骨盤の上に頭が位置するようになり、自分に合った正しい歩幅になりやすいでしょう。
◆歩隔
歩隔とは、両足の間隔のことです。適切な歩隔は、足踏みをして左右の間隔を広げたり狭めたりしてみて、足の親指と人差し指の間に重心がくるときの間隔を探してみてください。下駄でいう鼻緒(はなお)の位置ぐらいですね。自分に合った歩隔を見つけると、身体が安定して疲れにくくなるでしょう。
自分に合った歩幅と歩隔で、身体が疲れすぎない散歩を心がけてみてください。

座りっぱなしの状態から抜け出すことを意識する
散歩をする時間帯やおすすめの準備など、意識したいポイントを3つ紹介します。
◆散歩をする時間帯
生活のリズムが崩れやすい在宅ワーカーの中には、夜、「なかなか眠れない」「途中で目が覚めてしまう」という症状を抱えている人もいるのではないでしょうか。そういう方におすすめなのは、夕方の散歩です。散歩をすると脳内でセロトニンというホルモンが出ますが、それが寝る前にメラトニンという睡眠ホルモンに変わるんです。健やかに眠るためにも、夕方の散歩は適しています。
一方で朝シャキッとしない人は、朝に散歩をすれば、その後の仕事がはかどるでしょう。散歩するとセロトニンが出るため、顔つきをしっかりさせてクールな覚醒状態を作ります。
◆散歩する前におすすめの準備
歩く前に、足裏をほぐしたりストレッチをしたりするとよいですね。足の裏にはメカノレセプターという、身体のバランスを保つために働くセンサーがあります。足首のストレッチや足裏をほぐしておくと、そのセンサーがうまく機能して、自然と正しい歩き方が誘導されます。

◆散歩ができない日も、とにかく座りっぱなしの状態から抜け出す
私たちの体には、内受容感覚があります。内受容感覚とは、心拍や呼吸、消化管の動きなど体内のさまざまな部位から情報を知覚することです。しかし、ずっと動かないでいると内受容感覚が薄くなり、身体を動かさない不自然な状態も平気になってしまう。それは非常によくありません。自分の中で少し感度を上げて、「どうやら身体が動きたがっているぞ」という感覚を大事にしましょう。
同じ姿勢でずっといると、腰痛や頭痛、寝不足など、何かしらの歪みがでてきます。大切なのは、連続性を断ち切ること。外に出て散歩することが難しければ、ときどき立って伸びをしたり、家の中を2、3歩歩いたりして、座りっぱなしの状態から抜け出すことを意識しましょう。
在宅ワークによって生じた「負債」を散歩で補おう
在宅ワークが広まったことで、通勤に伴うストレスから解放されました。もちろんそれは良い面もありますが、一方で失われたのが「移動」です。人間は移動して環境が変わることで、無意識に脳の刺激を受けているのです。会社に行くと誰かと会って話しますよね。そこで自然と、人の繋がりの中で仕事をしていることを自覚します。ところが、それも切り離されてしまいました。
在宅ワークで得たものがあれば失ったものもあるはずで、そこを見て見ぬふりをしていると、心身の不調など負債がたまっていきます。自分の中で負債を補うような心がけをする、その手法の1つが散歩です。在宅ワークをしながら「心」と「身体」の健康を維持するためにも、今回ご紹介した方法を取り入れてみてください。
佐藤真治
帝京大学医療技術学部スポーツ医療学科 教授
2011年より大阪産業大学 人間環境学部 准教授を務める。2014年には同学部教授に就任。2019年より帝京平成大学 健康メディカル学部 教授となる。2021年より、帝京大学 医療技術学部 教授に就任。日本心臓リハビリテーション学会 評議員、日本体力医学会 評議委員、日本臨床運動療法学会 理事Exercise is Medicine (EIM) Japan理事など、さまざまな学会で精力的に活動している。
ライター:村中貴士 アイキャッチ・図版:サンノ 編集:モリヤワオン(ノオト)

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